福岡地方裁判所 昭和45年(行ウ)45号 判決
原告 松本登士雄
被告 福岡県知事
訴訟代理人 岡崎真喜次 丸山稔 渡嘉敷唯正 林田慧 ほか二名
主文
一 原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
(主位的請求の趣旨)
1 被告が原告に対し昭和四四一〇月一三日付をもつて別紙目録記載の物件についてなした差押処分(以下本件差押処分という。)が無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(予備的請求の趣旨)
1 被告が原告に対してなした本件差押処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 差押処分
(一) 起業者建設大臣は福岡県収用委員会に対し、昭和四三年四月一二日、筑後川改修工事のうち、向島築堤工事及びこれに伴う農業用水路付替工事、市道付替工事に関する土地収用裁決の申請をなし、同委員会は同年六月一日右申請につき左記内容の土地収用裁決を行ない、同月七日付四三福収発第一五号をもつて起業及び土地所有者である原告に裁決書を送達した。
記
収用裁決主文(関連のない部分は省略)
(1) 収用する土地の区域は次のとおりとする。
福岡県大川市大字向島字西新開
地番
地目
台帳地積
実測地積
収用する土地の実測面積
一一一七
宅地
三八三・四七
五二七・二一
一六七・七七
一一一八-一
右同
一一九・〇〇
一三二・〇六
五四・四五
一一一八-二
公衆用道路
二六・〇〇
一〇・六四
四・六八
(2) 損失の補償は次のとおりとする。
土地所有者松本登士雄に対し
金三八一万八五八円
(3) 収用の時期は次のとおりとする。
昭和四三年九月二〇日
(二) その後、起業者建設大臣は、原告が収用期限までに履行をしなかつたとの理由で、被告に対し物件の移転の代行及び代執行を請求し、被告は原告に対し代執行令書をもつて次のような通知をした。
(1) 撒去する物件の表示
福岡県大川市大字向島字西新開一一一七番の二、三及び二一八番の三、四の各地上の建物、立木、工作物及び動産(収用裁決当時の一一一七番の土地がその後同番の一、二、三に、一一一八番の一の土地が同番の一、三、四に各分筆され、収用対象地が一一、一七番の二、三、一一一八番の三、四と表示されるに至つたもの)
(2) 代執行をなすべき時期
昭和四四年三月一〇日から同月二四日まで
(3) 執行責任者の職名及び氏名
九州地方建設局用地部長佐伯正夫
同局筑後川工事々務所長伊賀上季明
(4) 代執行に要する費用の見積額
金五一万五九六一円
(5) 物件撤去の処置方法
原則として現地において所有者に引渡し、または現地周辺の所有者指定の場所に集積する。
(三) 原告は当時大川市大字向島字西新開一一一七番の一、二、三、一一一八番の一、三、四の各土地にまたがつて建築されていた木造二階建瓦葺居宅一階三九・五坪、二階四坪を所有していたが、昭和四四年三月一〇日午前一〇時から前記佐伯正夫の指揮のもとに開始された代執行によつて、同人らは右建物のうち代執行令書に表示された一一一七番の二、三及び一一一八番の三、四の各土地上に存する部分のみならず一一七番及び一一一八番の各一の土地上に存する部分も含め右建物全部を解体撤去し、同月一四日代執行を終了した。そして、被告は右一一一七番及び一一一八番の各一の土地上に存する建物部分の解体撤去費用も含め右代執行に要した費用が金四八万二九六〇円であるとして、原告に対し右金員の納入を命じ、その後二回にわたる督促を経て同年一〇月一三日本件差押処分に及んだ。
2 差押処分の無効
被告は、代執行令書にも記載のとおり、収用対象地上の建物のみを解体撤去し得るにすぎないのに、前記のとおり収用対象地外の地上建物をも解体撤去し、これに要した費用をも含めた代執行費用の納付を原告に命じたものであるから、右費用納付命令は明白に行政代執行法二条、五条に違反する重大な瑕疵を有するものであり無効である。そして、無効な納付命令に基く本件差押処分も当然無効であるから、原告は被告に対し本件差押処分の無効の確認を求める。
3 差押処分の違法
(一) 仮に右費用納付命令の瑕疵がこれを無効ならしめる程度に重大かつ明白でないとしても、少なくともこれが違法な処分であるといえるから、この違法な納付命令に基く本件差押処分も当然違法であり取消を免れない。
(二) そこで、原告は昭和四四年一一月七日付で建設大臣に対し本件差押処分の取消を求めて審査請求をしたが、これは同四五年七月一〇日付で棄却された。
(三) よつて、原告は被告に対し、本件差押処分の取消を求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1及び3の(二)記載の事実は認めるが、同2及び3の(一)記載の主張は争う。
2 被告は、本件建物を解体撤去するに際し、収用対象地上に存する部分のみを切取り撤去することが可能かどうかを慎重に検討したが、切取り撤去した後に残存建物部分を存置することは、建築構造上及び社会経済上の見地から見て不可能であると考えられたため、本件建物全部を解体撤去したものである。したがつて、本件建物全部を撤去した被告の代執行は適法であり、収用対象地外の建物の撤去費用を含めた代執行費用の納付命令も適法であるから、本件差押処分には原告が主張するような重大かつ明白な瑕疵はない。
3 また、費用の納付命令(賦課処分)と差押処分とは別個独立の処分であつて、その間に違法性の承継はないから、本件差押処分の取消を求める原告の予備的請求は主張自体失当である。
第三証拠関係〈省略〉
理由
一 請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。
二 そこでまず、原告の主位的請求について判断するに、右争いのない事実によると、本件建物は収用対象地とそれ以外の土地にまたがつて存在しているところ、本件代執行令書には収用対象地上の建物等の物件を撤去すべき旨の記載があるにすぎないのに、被告は右建物全部を解体撤去したのであるから、被告の代執行には一見重大な瑕疵があるかの如きであるが、収用対象地とそれ以外の土地にまたがつて存在する一棟の建物について、収用対象地上に存在する部分のみを切取り撤去することが、残存建物部分のみならず建物全体の効用を著しく害し、建築構造上も残存建物を存置することが危険であり、これを維持するためには多額の補強、補修費を要すると認められる場合には、建物全部を解体撤去してもその代執行を違法ということはできないと解すべきであるから、単に、代執行が令書記載の範囲外の土地上の物件の撤去に及んだとしても、これを直ちに重大かつ明白な違法と即断することはできない。
ところで、〈証拠省略〉を総合すると、本件建物のうち、収用対象地上の部分のみを切取り撤去する場合、本件建物はそのほぼ中央部から斜に切取られるため、残存建物の切断面近くの床組梁、束柱及び小屋組梁が崩壊してしまい、結局最終的に崩壊しないで残る建物は元の建物の半分以下で、立体的にも平面的にも極めて細長い建物となつてしまうのみならず、これを維持するには、建築構造上倒壊の危険があるため、梁や特別の支柱を施すなどしなければならず、そのための費用としてはこれを新築する以上のものを要すると考えられ、そのうえ残存部分は仏間(八畳)、四畳の間、便所及び土間の一部のみとなり、その住居用建物としての効用は著しく損なわれることが認められる。これに反する〈証拠省略〉は前掲各証拠に照らして採用できない。
右認定事実に照らせば、被告の本件代執行が収用対象地外に存する建物部分に及んだという点について、これを違法であるということはできないから、被告の原告に対する代執行費用の納付命令にも、原告主張の点において、重大な瑕疵があるなどとは到底云えない。
三 つぎに、原告の予備的請求については、正に被告の主張する理由により、主張自体失当というべきである。
四 よつて、原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 権藤義臣 大石宣 小林克美)
別紙目録〈省略〉